武漢ラブソディ(1)
1990年代半ば、中国武漢にある自動車メーカーから引き合いをもらい商談に行った時の事。そのメーカーはフランスとの合弁会社で、基本設備はヨーロッパ製(主にドイツ)フランス側に決定権のある設備と中国側に決定権のある設備と分かれていたようです。当時の商談はホテル待機し商談迄2₋3日かかるのは当たり前、散々待ちぼうけを食ったあげく商談うまくまとまらず(当時の中国では小生の会社が扱う最新鋭の機械はどう見ても時期尚早)無駄足だったなといったん上海まで戻り日本に帰国しようとしていた時、「契約するのですぐに武漢に戻って欲しい」と連絡が入りました。摩訶不思議で仕方ありません。どうやら間にいた代理店の人脈で上層部を説得した模様です。それからさらに1週間ほど武漢で待ちぼうけを食いながら商談を続け契約に至りました。当時、契約後にはお客さんを招待して一席設けるのが習わし。食事は揚子江の真横のレストラン、今もそうですがこのエリアは洪水が多く、当時もあちこちで洪水が多発していました。よく見ると、揚子江の川岸の堤防からはたらたらと水がにじみ出ている感じです。堤防の向こうの揚子江の水位は自分たちのいる場所の3m位高い所まで上がっていると聞き背筋が寒くなりました。
宴会が終わり、お別れの際に購買担当者に聞いてみました。「なんで日本製を選んだの?」
担当者の回答は「いつも契約先のフランスやドイツばかり行っているので、偶には日本に行きたかったから。」また、これも本音かと思います。
その後、その自動車メーカーの母体は日産やホンダとも合弁して中国の自動車産業を牽引する存在になりました。

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