もう少しだけ、61歳で会社辞めて、起業しました。

61歳で会社辞め、起業します。その不安と期待にあふれた日々をお届けできればと思います。

瞳を閉じて

Takちゃん

最近は、中国の想い出話を日記替わりに上げてましたが、実は、今病院に入院してます。

健康診断の超音波検査に端をはし、先週末に腎臓の腫瘍摘出手術を受けました。いわゆるダビンチというロボットによる切除手術です。腫瘍自体は2㎝程度で、早期の発見なので、生死にかかわるとかいうほどのものではないですが、そこはやはりメスを入れるという事で、結構緊張しました。手術に際しては、同じような状況のさ*らs*kuさんが先月全く同じ手術をされ、かなり細かく状況を上げておられましたので大変参考になりました。この場を借りてお礼申し上げます。経過もほぼ同じような状況です。

一番緊張したのが手術台に上がるとき、でも寝転がったとたんに数名の医師(一瞬息子より若いメンバーだなと思いました。)が群がるように作業を始め、麻酔入れますね、温かい感じしますよと言われたとたんに記憶なく、次は終わりましたよ、今病室に戻ってますよと声かけられ意識が戻りました。その間、7時間ほど。あっという間でした。意識戻った瞬間は快眠明けの感じでものすごく爽快な気分でしたが、それから2日間は、正直2度と味わいたくない痛みと不快感、不便な生活でした。特に尿管を抜いた時のおぞましい感覚、その後のお小水の時のワインのような色と激しい痛みは繰り返したくありません。

3日目から無茶苦茶回復し、今は、早く退院できないかなと待ちわびるのみ。パソコンでYoutubeとNetflixで時間つぶしの毎日です。術前も術後も時間や世の中に取り残される感があり、正直戸惑ってます。

瞳を閉じたら、手術終わってました。でも無事終わって良かった、良かった。


武漢ラブソディ(1)

Takちゃん

1990年代半ば、中国武漢にある自動車メーカーから引き合いをもらい商談に行った時の事。そのメーカーはフランスとの合弁会社で、基本設備はヨーロッパ製(主にドイツ)フランス側に決定権のある設備と中国側に決定権のある設備と分かれていたようです。当時の商談はホテル待機し商談迄2₋3日かかるのは当たり前、散々待ちぼうけを食ったあげく商談うまくまとまらず(当時の中国では小生の会社が扱う最新鋭の機械はどう見ても時期尚早)無駄足だったなといったん上海まで戻り日本に帰国しようとしていた時、「契約するのですぐに武漢に戻って欲しい」と連絡が入りました。摩訶不思議で仕方ありません。どうやら間にいた代理店の人脈で上層部を説得した模様です。それからさらに1週間ほど武漢で待ちぼうけを食いながら商談を続け契約に至りました。当時、契約後にはお客さんを招待して一席設けるのが習わし。食事は揚子江の真横のレストラン、今もそうですがこのエリアは洪水が多く、当時もあちこちで洪水が多発していました。よく見ると、揚子江の川岸の堤防からはたらたらと水がにじみ出ている感じです。堤防の向こうの揚子江の水位は自分たちのいる場所の3m位高い所まで上がっていると聞き背筋が寒くなりました。

宴会が終わり、お別れの際に購買担当者に聞いてみました。「なんで日本製を選んだの?」

担当者の回答は「いつも契約先のフランスやドイツばかり行っているので、偶には日本に行きたかったから。」また、これも本音かと思います。

その後、その自動車メーカーの母体は日産やホンダとも合弁して中国の自動車産業を牽引する存在になりました。


上海ラプソデイ(4)

Takちゃん

昔の中国では摩訶不思議なことが結構ありました。今でこそ中国は自動車産業全盛ですが、90年代は自動車なんて高嶺の花、当時は皆さん免許がなかったのでタクシーの運転手は高給取りでした。ある日、上海市内からホテルに帰ろうとタクシーを拾いました。(VWサンタナ2000)出発するかと思ったら、いきなりエンスト、あれやっちまったなと思ってたら、再度のエンスト。3回目でようやく走り出したかなと思ったら、ずっと一速で亀のような運転。見ると運転手も青ざめて緊張した面持ち。どうしちゃった?と思いながらしばらく我慢していたが、その横を自転車がすいすいと追い越していくのを見て限界に。300mも走ったでしょうか?「下りる!」というと、「御免なさい!」と平謝り。何だったんでしょう?

 2000年に入ったころ(携帯電話も普及し始め)ある日、会社の同僚が、タクシーに携帯を忘れ、電話をしたところ幸いにも運転手が電話に出てくれました。取りに行くというと、「幾らくれる?300元でどうか?」と打診、同僚が「高い、200元で」といった瞬間にブチっと切られました。闇で売るより安くなったんでしょう。値切る同僚も同僚です。因みに小生が台湾で忘れたときには3時間後には手元に戻ってきました。(領収書大事です。)

中国は民の成熟度とか社会の成熟度が低いとよく言われますが、それを見越して政府が有無を言わせないデジタル化を推し進めた結果、今では民意が低くても不正が出来ない社会が出来上がったのかな?ある意味、あっぱれです。