もう少しだけ、61歳で会社辞めて、起業しました。

61歳で会社辞め、起業します。その不安と期待にあふれた日々をお届けできればと思います。

今はもうだれも

昔はたまに家に来ていたのに、今は全く来なくなった人達がいます。まずは富山の薬売り、半年に一度くらい来ては,置き薬を補充しながら、使った分を清算するシステムで商売をしていました。結構、強い薬で亡き母はよく効くと愛用をしてました。おまけでもらえる風船が楽しみでした。ネットを見ると通販はしているようなので、販売店さんがやり方を変えたのかと思います。次は虚無僧、これも1年に一度程度の頻度で来て、都度お布施?を渡してました。深編笠をかぶり、尺八を吹きながらやって来る姿、ましてや2-3人並んでくると子供ながらに、少々の恐怖感を覚えたものです。調べてみると禅宗の修業の一環という事で、修行をする人が減ったのかな。続いてはホームレス。たまに来ては、恵んでくれないかと懇願してきました。これも亡き父が「恵んであげるので、よそで悪いことはするなよ!」と言っては500円を渡してました。これは、そういう文化がなくなったのではなく、その人がいなくなったのかと思います。最後に各集金の人たち、保険、新聞、化粧品、月に一度来ては世間話に花を咲かせてましたが、何時の頃からか(随分前かな)銀行引落しとなりました。
また家ではありませんが、昔々は駅によくいた片足の無い軍人さんが、立ちんぼで物乞い、失礼寄付のお願いをしている姿もなくなりました。戦後80年、当たり前ですね。


今はもうだれも、家に来なくなりました。
少々の寂しさとたくさんの安心感が混ざり合います。

芽ばえ

3月中旬すぎても結構寒い日や雨が続き、桜の開花も遅れそうな気候ですが、我が家の庭では、春の芽生えを感じさせる雑草がモクモクと生え始めてきました。寒かったのと芝は冬のお手入れは不要というネット情報を見て、2月頃からあまり手入れせずにいたのですが、ここ2週間ほどで目に見えて目立ち始めました。茶色い芝生に緑みどりした雑草はやはり目立ちます。雑草という名の植物は無い、とよく言いますが、私にとって雑草は雑草、それも順番に生えてこればいいのに一斉に生えてくるから質が悪いです。30分ほど草むしりをするとかなり雑草は取れた気になりますが、全体を見渡すと一向に減った感じがありません。翌日にはまたまた成長した雑草が。その生命力には感服、完敗、上原浩治さんのユーチューブではありませんが、雑草魂にあっぱれです。
種も撒いていないのに生えてくる雑草、一方で、結構種をまいているのに生えてこないのがビジネス。この1年で計画した3本の矢のうち1本は上手く行き、何とか生活は出来ていますが、残り2本は不発。追加で飛ばそうとした2本も不発。なかなか難しいですね。雑草のように自然の風に乗り(これは人脈かな)、生えてくるビジネスを創出すべく模索が続きます。生命力のある種(=商品力)が大事なんでしょうね。下手な鉄砲も数打てば当たるかもしれないので、種まきに注力していきます。春になり雑草のみならずビジネスの芽生えも待ちわびています。題名は、麻丘さんですね。

上を向いて歩こう

18日でブログを始めて1年になりました。と同時に一つ歳も重ねました。1年前は起業をするという事で不安と期待でいっぱいでしたが、何とか1年過ごすことが出来ました。
次の1年ステップ、ジャンプになるよう頑張りたいと改めて心に期するものがあります。もう少し事業の範囲を広げるため、先週はインドの人たちと会食をしこれからのビジネスに関しての打合せをしました。彼らはベジタリアンなので当然のことながらインド料理(実際はネパール人が経営)また有名な話ですが、首を横に振るのは頷いていることという異文化に久しぶりに触れて新鮮でした。3名のインド人のうち2名は同世代。二人とも子供達は、アメリカ、ドイツ、ドバイに住んでいるということ。海外に行くという事は当たり前の文化のようです。というか、中国の仲間、韓国の仲間いずれも子供たちはアメリカやイギリス、まれに日本に行っている人が多く、むしろ多勢のような気がします。その国が成熟していないとか、先進国で学ぶんだとかいろいろ事情はあるかと思いますが、その上昇志向、負けん気、結構大切なことかと思います。若者たちが人権を守るのは当たり前の話ですが、その中でも生き残る強さ、外に目を向け自分たちの立ち位置を考える事など、日本の発展や成長には必要かなと思います。自分も上を向いて歩いていこうと改めて思いました。
少し、いやかなり昭和なおやじです。