もう少しだけ、61歳で会社辞めて、起業しました。

61歳で会社辞め、起業します。その不安と期待にあふれた日々をお届けできればと思います。

My memory......韓国

今、韓国に来ています。年度末決算と来年の見通しの打合せをしております。外は無茶苦茶、寒いです。マイナス5度。話が変わりますが、今、K-POPが日本では大変人気になっています。そもそも日本と韓国の芸能の交流は制限のある時代が長く続いていました。80年代のマッチの「ギンギラギンにさりげなく」や70年代の「ブルーライト横浜」などは殆どの韓国の人が知ってたり、日本のTRFや安全地帯は人気ありましたから全く禁止というわけではなかったのかな。本格的には1998年の通貨危機の際に、日本の機械産業などの輸入解禁と共に芸能などの文化の制限が緩くなり、韓国ドラマやK-POPを外貨獲得の国策として進めたのが今の繁栄の出発点ではないかと思っています。2000年過ぎ頃、私が一番頻繁に韓国に行っていたころ、最初に来たブームが冬のソナタ。ここからドラマが一気に日本に入ってきます。(私は良く分かりません。)そして、東方神起、KARA、少女時代、BTSといった歌の部門も次から次へと入ってきました。20年前には想像だにしなかった繁栄ぶりは、90年代の軍事政権からの民主化、社会の繁栄と豊かな生活の結果ではないかと思います(異論ある方はすいません)
個人的には「トラワヨプサンハン(プサン港に帰れ)」や「サラへミロ」「アパート」といった楽曲や「JSA」「シュリ」「ブラザーフッド」などのシリアスな映画がお気に入りです。少々、年代が違うんですね。当時は既にかなりのおっさんでしたから。
題名は、冬のソナタの挿入曲、Ryuさんです。2000⁻2010年代の韓国はいつまでたっても私にとってかけがえのないMy Memoryです。